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ホーチミン出張も今日までで、明日からはバンコクです。

12月4日より昨日12月15日までの約2週間、タイで働く旅行会社よりホーチミンのパートナー企業との共同企画に関する業務で出張していました。と言っても今日は移動日なので正確にはまだホーチミンにいてタンソンニャット空港で、このブログを書いています。

ホーチミン出張生活はホテル暮らしだったのと、タイの日々の業務(メール返信は除く)以外は全くしなくて良かったので、アフターファイブもしっかりあって非常に快適でした。ずっと出張状態でもいいくらいです。

パートナーシップ企業は色々とあるので伏せておきますが、会社があった場所はホーチミンの鉄道駅であるサイゴン駅より徒歩10分くらいです。いわゆる駅近の好物件です。日本でならですが。バンコクと同じで国営鉄道は、中長距離の旅客運送がメインなので駅近ですが列車で通勤をしていると言う社員の方はゼロと言っていました。また社員の方と何度か食事を行きましたが、列車通勤をしている人の話を聞いたことがないということでした。

ちなみにホーチミンにあるのにサイゴン駅というか知っていますか?
フランス植民地時代に作られたベトナム南北線(ハノイとホーチミンを結んでいる)の終着駅であるサイゴン駅は、ベトナム戦争後にサイゴンがホーチミンへと変わりましたが、駅名はそのまま残されたそうです。理由はなんともわかりませんでした。

サイゴンの路上撤去キャンペーンは、いかにして路上ビジネスを排除するかにある

現在、サイゴンの地元当局は、混雑した賑やかな歩道で、一か月にわたって、積極的な路上撤去キャンペーンを目的としたキャンペーンを実施しています。

この市を訪れる誰もが知ってのとおり、混雑した歩道を歩くことは、最もしたくないことのひとつのようです。露店やオートバイの路上駐車が、道を占領しているからです。道を歩いている人はそんなにいません。市の中央まで、ブラブラと道沿いに歩くとすれば、まるで、しょっちゅう障害物競走をしているかのように感じられるでしょう。

当キャンペーンは、1区人民委員会のドアン・ゴック・ハイ副主席により打ち出され、実行されました。彼は明白に、個人で職員のチームを率い、視察旅行を行っています。彼は真剣に歩行者用スペースを取り戻す努力をしており、この状況をどうすることもできなかった場合、辞任を表明すると約束しました。

しかし、市内には1000人もの路上商人がいて、そのすべてが生計を立てられるか疑問視されています。そのほかにも、歩道の隅にはびこる食べ物や飲み物の商人も、その市らしさを特徴づける大切な要素として、一役買っているのではないかという疑問の声が挙がっています。

路上でStreet Foodies Saigonを経営するベトナム系アメリカ人、Vinh Daoは、厳重な取り締まりは、街中で絶えずに行われているわけではないと言いました。

「歩きやすさを助長するという見解からすると、私たちが露店を営んでいることというのは、それほどのことではないと思います」と彼は言います。「実際、私たちのお客が、オートバイの駐車や他の無数の路上商売人により、思い切って道から外れて歩かなければいけないことも、旅行の醍醐味なのです」

しかし、キャンペーンは、主にレンガやモルタルの敷地内で、座って店を構えることのできる商人たちに適用されます。彼は、街のストリートフードシーンをアピールできることの喜びに際して、不安を抱いています。

「エネルギッシュで活気に満ちた、サイゴン独自のストリートフードシーンは、私たちのすべてのお客の目を惹きます。一方には、車が激しく行き交うサイゴンの道路があり、熱々のボウルに入ったフォー(米粉で作った平打ちの麺)を片手に、路上の隅に座っているというのも、なかなかオツなものですよ」

多くの路上商人の出店移転「区域」は、街の公園になりそうだとの提案があるという噂が広まっています。しかし、現時点では、多くのそういった場所では、一部のサイゴンの路上商人で、家を持つことができる人に限られるという話し合いがなされています。

ですが、一般大衆からは、このキャンペーンは、広く受け止められ、強く支持されています。話し合いは、ソーシャルメディアやコメントのスレッドで活発化しており、共通の言及としては、サイゴンは、よりシンガポールを手本にすべきだということが挙げられています。

ベトナムの人々は、この島国の、現代的で、小ぎれいで、秩序がある点を気に入っています。彼らにとっては、ベトナムの中流階級の急速な台頭は、自分たちの街や国にとって、大いにアグレッシブであるとして、称賛に値するものです。

とはいえ、もしこのプロセスが、街の特色である、たくさんの中から選ぶ楽しみを奪ってしまうとしたら、それは残念なことといえるかもしれません。